先日、オリックスの清原選手が野球界から引退をした。
残念ながら、ここの地域では引退試合&セレモニーの放送は無かったので、最後の勇姿を見る事は出来なかった。
(ちなみに、セレモニーの様子は、YouTubeで見る事が出来ます。興味があれば検索して見て下さいね)
清原選手と桑田選手がPL高校で活躍していた頃、私は中学生だった。
その頃は、プロ野球や高校野球には、全く興味が無かった。
特にプロ野球は、野球中継で観たい番組が潰れるので、正直「いい迷惑」としか思っていなかった(ゴメンナサイ)。
たまたま私の友達が高校野球ファンで、お昼休みや放課後には学校の給食室に連れて行かれ(TVがあったため)、高校野球を見ていた。
彼女はPL学園の、中でも桑田選手のファンだった。
私は最初興味は無かったんだけど、一緒に見ているウチに、この二人の選手の凄さを感じたのを覚えている。
それからかな、高校野球に興味を持ったのは。
あの運命のドラフト会議があった1985年、私も高校生になり、ますます高校野球に興味を持った。
甲子園を目指して、そして甲子園で熱戦を繰り広げている彼らを見て、とても同じ高校生とは思えなかった。
運命のドラフト会議、あの日は母と見ていたんだったかな。
当然、巨人は清原選手を指名するもんだと思っていたけど、まさか桑田選手を指名してくるとは。
ドラフトの司会でおなじみ、故・パンチョ伊東さんも、紙を開いてビックリしたんだそうで。
結局西武が交渉権を得たんだけど、その時の清原選手の涙は今でもよく覚えてる。
あれだけの活躍だったから、指名球団も多かったし、もし巨人が指名していても、クジが外れる可能性だってあった。
それでもやっぱり清原選手としては、巨人に指名して欲しかっただろうな。
でも指名したのは自分では無く、同じチームメイトだった桑田選手。皮肉な物だよね。
その後はご存じのように、清原選手は西武入りをし、大活躍。
西武の黄金期を支えた、渡辺選手(現西武監督)を始め、工藤選手、秋山選手等々、清原選手もそのうちの一人。
何年だったか忘れたけど、日本シリーズでの「西武vs巨人」戦、私もTVで見ていた。
9回の裏、あと一人で西武が優勝だって時に、清原選手が守備位置で泣いていた事も覚えてる。
因縁のチームとの試合、色んな思いがこみ上げてきたんだろうな。
優勝した時は、私も嬉しかった(アンチ巨人でもあったし)。
その後はFAで念願の巨人入り。
でも、西武にいた頃のような成績は、あまり出なかったように思うし(怪我が多かったようだし)、巨人の清原選手に対する使い方もどうかと。
最終的には戦力外通告され、オリックスへ。
故・仰木彬監督が「大阪に帰って来い、お前の最後の花道は俺が作ってやる」と、言ってくれたんだってね。
男気のある良い監督だよね。
でもやはり怪我で良い成績は残せなかったけど、チームにとっても地元大阪にとっても、清原選手の存在感は大きかったんじゃないかな。
私自身、特別「清原選手のファン」と言うわけでは無いけど(ファンの方、ごめんなさい)、この野球界の中で、一番記憶に残っている選手だし、野球の面白さを教えてくれた選手でもあった。
タイトルが一度も取れず、「無冠の帝王」なんて言われているけど、当時の森祇晶元西武監督がコメントしたように、清原選手が日本の野球界にいたという存在そのものがタイトルだったんじゃないかと、私も思う。
だって、こういう選手、日本に今いる?。
申し訳ないけど、野球はあまり詳しくはないけど、今はそういないんじゃないかな・・・。
コレは私の考え過ぎかも知れないけど。
引退セレモニーでの清原選手の挨拶。コチラに全文が載ってます(SANSPO.COMより)。
その中で、「西武ライオンズの皆さん、オリックスバファローズの皆さん」と、チームの名前が出てきたけど、巨人に関しては「ジャイアンツファンの皆さん」と、ファンに対しての挨拶だった。
巨人在籍中はホントに辛かったのかなと、だから「巨人軍の皆さん」と言わなかったのかと、思わず勘ぐってしまい・・・。
でも、西武ドームでの最終戦には、西武の渡辺監督の指揮で西武ナインが胴上げをしてくれて、オリックスナインも胴上げをしてくれて。
巨人はリーグが違うし、戦う事が無いからそう言う機会も無かったんだけど。
でも、阪神の金本選手は花束を持って来たしね。
巨人からは誰か来たの?。今は優勝目前でそれどころじゃないんだろうけどさ。
23年間、本当にお疲れ様でした。
今後、解説者や指導者の道に進むんだろうけど、タレント業も似合いそうだけど、今はゆっくり休んで欲しいな。
どんな形でまた会えるのか、楽しみにしてます。
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